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2006年7月23日 (日)

ビルさん

今日はビルさんが遊びにやってきました。
ビルさんは学校ではなく、教会で親しくなった友達です。日本語を勉強中とのことで、教会でわれらを日本人とみて声をかけてくれたのがきっかけです。日本語も単語帳をいつも持って歩くほど熱心に勉強しています。私も見習わなくては・・・。

今週は奥様がウクライナで孤児をサポートするボランティアに参加しているとのことで独身生活を楽しんでいるとのこと。「アウトドア派で軍隊にもいたことがあるので大丈夫だ。毎日Patapsco Riverでカヤックにのって釣りをして、釣った魚を食べて生きている」そうです。しかし、久しぶりにスーパーに行ったら帰り道に迷ってしまったといっていました。奥様が帰ってくるまで無事に生き延びられるのでしょうか・・・。

ビルさんは軍隊に5年間いた間に海外に行く機会があり、アメリカ以外の国や文化にとても興味があるとのこと。いろいろな国をみてアメリカについても中からと外からの視点を持っていて話をしていてもとても話が合います。大のバイク好きなので、講義で聞いてきたヘルメットの義務化についてバイク乗りの意見を聞いてみました。

「メリーランドではヘルメットは義務化されているけど、実際にバイク乗りとしてはどうなの?」

「個人的にはヘルメットをするのに賛成だね。だって危ないもん。」

「もし義務化されなくなったらヘルメットする?」

「僕はするね。」

「ほかのバイク乗りはどう?」

「やっぱりヘルメット嫌いな人が多いね。」

「ヘルメットが嫌いな理由って何かね?講義では視界が狭くなるとか音が聞こえなくなるとか言う話が理由だと聞いたんだけど。」

「それはどうかな?でも、僕の上司はフルフェイスのヘルメットをかぶると(某フットボール選手のように)顔からぶつかったときに顔の怪我じゃなくて首に負担がかかって頚部損傷の危険性があがる、だからヘルメットは危ないんだって言ってるね。」

「ヘルメットが嫌いなひとはやっぱりそういう理由があって嫌いなのかな?」

「いや、やっぱり嫌いだから嫌いなんだな(笑)。物事を自分の都合に合わせて解釈するんだよ。」

こういう冷静なアメリカ人もいるのだと感心したしだいです。リスクをどうどう捉えるかは個々によって大きく異なっています。

科学者が考えるリスクと世論が考えるリスクには捉え方に大きな差がある、というのも先週の講義に出てきました。

"Studies of risk perception examine the judgements people make when they are asked to characterize and evaluate hazardous activities and technologies. This research aims to aid risk analysis and policy-making by providing a basis for understanding and anticipating public responses to hazards and improving the communication of risk information among lay people, technical experts, and decision-makers. This work assumes that those who promote and regulate health and safety need to understand how people think about and respond to risk. Without such understanding, well-intended policies may be ineffective. "(P Slovic. Science. 1987 Apr 17;236(4799):280-5.)

ここでは、科学者と世論のリスクの捕らえ方に差があるのは決して知識の差や論理の不正確さが原因ではなく、悪影響が目に見えるものなのかどうか、悪影響がコントロールできるものなのかどうかの二つの軸を中心に判断されているだろうとの仮説です。逆に、知識を得ること、論理的にリスクを把握することだけではリスク正確に伝わらないということを意味しています。

「世論は目に見えないもの、コントロールできないものに対してはより大きなリスクと受け取る」ことを認識して、逆にそのギャップを埋めることも必要だと。このように過大評価されたリスクについては小さな前触れがあった場合にはそれが過剰反応を招くことも予想されること、逆に政策を考える上ではこの点を理解して”攻める”ことが必要でしょう。

ヘルメットに関して言えば、ヘルメットをかぶらないことから受けるだろう悪影響「交通事故」については重大な影響ではあるものの、あまりにもありふれていてよく目にするものであるためにあまりリスクとしては低く評価されているということか。

このような場合、先に述べたように知識や理論を積み上げてもリスクの認識を高めることにはつながらないかもしれません。もし、それが許される範囲であればヘルメットをかぶらないことのリスクをより不透明に、より不気味なものに操作する必要があるかもしれません。

ビルさんとはまったく関係のない話になってしまいました。

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コメント

ヘルメットをかぶらないことの危険に関しては、「まさか自分がヘルメットをかぶっていることで命拾いするような、大きな事故に遭うはずはない」と、思っているのではないでしょうか?少なくともかぶらない人、かぶりたくない人は。
知識や理論でリスクを回避する行動をとれる人と、とれない人がいるということなのでしょうね。だから、法が必要なんですね・・・なるほど。

投稿: yumiko | 2006年7月24日 (月) 09時22分

さらに言えば、知識と理論が人を動かしているのではなく、知識と理論から感じ取ったリスク(あるいは逆にベネフィット)が人を動かしているということでしょう。法制定にあたってはこの点を踏まえて、専門家と世論が共通したリスク・ベネフィットをもつことがその法の効力が最大限に発揮されることにつながるのでしょうかね。

投稿: ryok | 2006年7月24日 (月) 09時46分

こんにちは!元気そうですね。
日本人は法律もりありますけど、「みんなで渡れば怖くない」的な行動もありますから、必ずしも利益や知識だけじゃないかもね。
「ヘルメットをかぶればヒーローになれる!」というイメージが出来れば、法律なんかなくたってアメリカ人はヘルメットをかぶり始める、かも。(べつにおちょくってる訳でなく、一般論ですが)。

投稿: msasaki | 2006年7月25日 (火) 18時25分

「規制」を何かしらメリットのあることに転換していくことは大きな原動力になるでしょうね。

ヘルメット以外でも医学的によいと思われることでもそれがなかなか一般に浸透しない理由は単純に「それを行うことにメリットを感じられないから」ということはよくあることです。それを解決するために医療サービスを「商品」にみたててビジネスマーケティングの手法を使って一般に売り込もう!という分野もでてきています。理論や知識だけでは人は動かない、いかに「商品」に魅力を感じるかということを考える時代になってきているようです。

ところで、日本では本物そっくりの仮面ライダーベルトがはやっているとか、仮面ライダーヘルメットははやるでしょうか・・・?V3とかはかえって危なそう・・・。

投稿: ryok | 2006年7月26日 (水) 06時28分

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投稿: Kelsey26NIXON | 2012年7月 9日 (月) 19時40分

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